医学部不正入試問題から医療の現状を考える

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医学部不正入試問題から医療の現状を考える

医学部不正入試問題とは

2018年に発覚した複数の大学の医学部が女子や浪人を不利に扱う、特定の受験生を優遇するといったことを行っていた問題で社会問題になりました。

昭和大学、神戸大学、岩手医科大学、金沢医科大学、福岡大学、順天堂大学、北里大学、日本大学、聖マリアンナ医科大学が厚生労働省から「不適切」もしくは「不適切の可能性が高い」と認定され、世論もメディアも非常に大きな批判が起こりました。

しかし批判するにしてもこの問題の背景にある本質的な問題を理解しなくてはなりません。おそらくほとんどの人が本質を理解せずにただの不正と思って批判しているのではないでしょうか。

特定の受験生を優遇するいわゆる裏口や口利きはただの不正で論外ですが、女子や浪人を不利に扱うことに関しては不正というよりもそうせざるを得ない、そうしないと今後の医療を維持できない恐れがでてくるということがあります。

そしてその原因を作っているのは無責任に批判をしている国民に他ならないと思います。 この不正入試の意味を理解するには医療現場の現状を理解する必要があります。

一人の医師を作るためには

一人前の医師を一人育てることは簡単なことではなく、労力も時間もお金もかかります。

まず医学部入学して6年間大学に通います。浪人も留年もなく国家試験もストレートで受かったとしても医師免許を得ることができるのは24,25歳です。

そこから研修医時代を2年間過ごし、その後専門の科を決めてさらに修行に励みます。

科や勤めている病院にもよりますし個人差もあるとは思いますが、例えば外科系であればそこから最低でも数年以上技術を磨かなくては一人前の外科医としてオペをすることはできないでしょう。

結局一人前になるのは30代半ばくらいではないでしょうか。

そして年齢と共に目も見えなくなってきますし手も動かなくなってきます。頑張って50代半ばまで最前線でオペをしても実質20年間ほどしか一人前の外科医として活躍することはできません。

スポーツ選手ほどではありませんが、外科系の医師の活躍できる時間はとても限られているのです。

また大学6年間、研修医2年間、その後の一人前になるための時間、これらの間は知識・技術など医師に投資をしているわけであり、これにかかる費用は医師一人当たり3000~4000万とも1億とも言われます。教育などの人件費なども考えると1億はあながち間違っていないと思います。

国立大学であれば当然税金でこれらはまかなわれていますし、私立大学でも税金から多額の補助金が出ています。

つまり一人前の医師を作るためには多くの税金が使われており、その反面人材不足に悩む外科系などでは一人前として活躍できる時間は短いのです。

個人差はありますが年齢とともに目が見えなくなっていくことや手が動かなくなっていくことは防ぎようがありませんし誰にでも訪れます。

ゴールは基本的に決まっているのでスタートが早い方が活躍できる時間が長くなるのは明白です。仮に40歳で医学部に入学したら一体何年間活躍できるのでしょうか。

若ければ若いほど税金の有効活用とも考えられます。

年齢が若いほど知識や技術の吸収もできやすいですし体力もあり無理も効きます。

若いことは明らかにメリットで浪人の年数が長いほど明らかなマイナス要素です。

また女性に関しても当然人にもよりますが、一般的な出産の時期を考えると医師として最も大切な時期に産休などに入ることになります。一旦離れてしまうと技術を戻すのはとても時間もかかりますし育児による時間的制約を受けながら入院患者などを診るのはかなり厳しいものもあります。

つまり現在の日本社会の状況であれば男性現役受験生が能力値の問題とは関係なく最も活躍できる時間が長く、税金による投資に対してのバックが大きいという状態なのです。 最も効率が高い選択肢を選ぶというのは、感情論は別として合理的な判断なのは間違いない事実です。

医師不足と医師の過酷な労働環境

前のような話をすると決まって出てくるのが下記の意見です。

  • 産休や育休といった権利を確保するために周りの仲間がフォローするべき、またはフォローできる体制を整えるべき
  • 女性は出産や育児などのために大学病院などの外科・産婦人科・救命救急などの科ではなく、クリニックで内科や耳鼻科や皮膚科など時間の都合がつきやすい環境を選べばいい

この意見自体は正しいように聞こえますが、医療現場の現状から考えると不可能であり的外れな意見です。

現状を知らずこのような意見がさも正しいかのように叫ぶことは辞めていただきたいと思います。

現状はこうです。

  • 産休や育休といった権利を確保するために周りの仲間がフォローする余裕はありません
  • 体制を整えたくても医師が集まりません
  • 女性医師が以前より増えてきていて皮膚科などのクリニック勤務の医師が増えてきている代わりに外科・産婦人科・救命救急などの重労働を強いられる科や地方の病院などは医師が全く足りていません

そのような科や地方医療を支えている医師たちがどのような労働環境で働いているのか理解しているでしょうか?

最近ブラック企業や残業時間などが問題になっています。

一般的な残業時間の上限は法律で年間360時間とされています。

それに対して医師の残業時間の上限は年間1860時間であり、過労死ラインの2倍です。

このような上限にしなくては現在の医療を支えられない現状なのです。

世の中の最もブラックな職場は医療現場だと思います。

週に1回家に帰れたらいい方だとか365日24時間常にオンコールで呼ばれる可能性があるような生活をしている医師たちがいるのです。

そのような医師たちにもっと負担を増やすことができるわけがありません。

産休や育休の権利は主張してもこのように自分や家族との時間もなく過労死してもおかしくないような過酷な環境の中働いて必死に医療を支えてくれている医師の権利は考えているのでしょうか。

このような医師たちに他人の権利を守るためにもっと働けと言えるのでしょうか。 それと同じことを言っているということに是非気づいてもらいたいものです。

医局の役割と医局の崩壊による影響

テレビのドラマなどでは医局は悪のような描かれ方をします。「白い巨塔」などがいい例ですね。確かに医療とは関係のない権力争いなどのドロドロした部分があるのは否定できません。

しかし医局はとても大切な役割を担っているのも事実です。

まず医局としての役割として臨床・教育・研究の3つがあります。

  • 臨床: その分野のスペシャリストとして大学病院などで臨床を行う
  • 教育: 医学部や歯学部生への教育や、入局した若手医師へ知識と技術を継承する
  • 研究: 症例を研究することで医学の発展に貢献する

そしてそれらと同等もしくはそれ以上に重要なのは、特に地方の大学病院において教授が「人事権」を行使することによって地域の医師のトータルプロデュースをすることです。

地域の病院に対して地域医療が潤滑に行われるように医局員の医師を派遣し数年単位で転勤させながらバランスをとって地域医療を成立させています。

そしてこれは医局員の医師にとっても様々な経験を積むことになり修行にもなります。

つまり地域全体の医師の需要バランスのコントロールは医局によって保たれているのです。

では医師にとっての医局はどのようなものでしょうか。

医師個人としての医局に入るメリットとしては

  • 様々な知識や経験を増やすことができる
  • 専門性を高めることができる
  • 研究ができる

などがあります。

逆に医局に入るデメリット

  • 転勤が数年単位にある
  • 大学病院は給料がとても少ない
  • 雑務が多い

などがあります。

医局員を派遣したりする医局の機能の根底にあることは潤沢な医局員数です。

人数がいるからこそ色々な病院に医師を派遣して経験などを考慮して配置換えを行い、医師に経験を積ませ修行させるとともに地域医療を成立させることができるのです。

しかし近年医局の機能低下や崩壊が起こってしまっています。

理由はシンプルに入局する医師が減ってしまっているからです。特に外科系の人材不足は深刻な状況になっています。

医局に入ると転勤も多く給料も少ないため家族がいたり、出産や結婚を考える女性などは非常に敬遠しがちになります。

結局若い男性が最も医局に入る可能性が高いということになるのです。 ただし若い男性だとしても以前よりも医局に入る医師は減っているようで、そもそもの労働環境の改善が必要不可欠な状況です。

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