コロナと戦うエセポピュリスト

コロナ
コロナと戦うエセポピュリスト

被害を0にはできない

コロナウィルスの感染に対して

「感染を拡大させない」

「命を守ろう」

「一人一人の行動が大切だ」

などなどの聞こえのいい言葉が氾濫しています。

それぞれの言葉は間違いないですし、大切なことなので否定するつもりはありません。

しかしそれだけを訴えることで正義を気取っているのは勘弁してもらいたいです。

そしてこのような事ばかり言う政治家やテレビのコメンテーターなどに同調する国民にもよく考えてもらいたいものです。

何か危機に面した場合、国民一人一人のとらなければならない行動や考え方と、政府がとらなければならない行動や考え方は同じにはなりません。

個人で考えれば目の前のことに対して合理的な行動や考え方が必要になりますが、政府は全体を見て把握したうえで、全体として合理的な行動や考え方が必要です。

厳密に言えば個人もそのような全体的な視点を持つべきではありますが、なかなか難しいとは思います。

政府だけでなく国を動かす力を持っている人たちが考えるべきことは、「被害を最小限にする」ということです。

当たり前のように聞こえるかもしれませんが、「被害0を目指す」ということとは大きく違うことが重要です。

例えば10人が死の危険に晒されているとします。

その中の1人を諦める(見捨てる)ことをすれば、残りの9人は確実に助けられるが、その1人も救おうとすると複数人もしくは全員の命が危険に晒されるとします。

この場合の政治的な正しい判断は、迷うことなく1人を見捨てることになります。

個人でなかなかその判断はできないですよね。

これは政治が感情的に冷たいのではなく、辛くてもその判断をする必要があるということです。

そしてさらに言えば、どの命を救ってどの命を諦めるかという判断もする必要があります。

例えば医師は、目の前の命を救うために全力を尽くしてくれます。(多分・・・)

それでも目の前に瀕死の人が2人いて、医師が1人しかいない状況でどちらかしか助けられない場合は、2人のうち1人を見捨てるしかありません。

そして助かる可能性の高い方を治療します。

大災害などの時にはこの命の選別は必ず行われます。 つまり政治家などの国や国民を動かす力を持っている人たちは、感情的にならずあくまでも冷静に被害を最小限にするための命の選別までする必要があります。

自粛による様々なリスク

コロナウィルスの感染によって、「自粛要請」なるものが行われ、あたかもそれが正義のようになっています。

政治家もメディアも「未来のための我慢」のような意味不明なことを言って美化している感があります。

本来的には「自粛」によっておこる他のリスクも考えていく必要があります。

・自粛することでの経済の停止からくる倒産・失業の増加と自殺者の増加

・家に閉じ込められることによる精神的苦痛

・精神疾患患者数の増加

・虐待やDVの増加

・犯罪率の上昇

・あらゆる病気の発症リスクの増加(精神状況が悪いと病気にかかりやすくなります)

・外に出ないことによる身体機能の低下

などなどいくらでもリスクは出てきます。

これらを総合的に考える必要があります。その上でトータルの被害が最小になることを考えなくてはなりません。

トータルの被害を最小にするために必要であれば、そのための犠牲は払うしかありません。

それにもかかわらず、コロナウィルスという敵を倒すことのみを強調して正しいことをやっている感をだして人気を得ようとしている政治家やコメンテーターなどは呆れて物も言えません。

例えば

「総合的に判断すると、このようなデータと推測からこのくらいの自粛が必要と考えられる。その場合コロナで亡くなる人の数はこのくらいを覚悟しなくてはならないと考えている。しかしそれが他のリスクも考慮した場合の被害の最小値だと考えられるため、その人数に関しては諦めるしかない。」

「コロナ終息後の経済などの影響を考えた場合、このくらいまで経済は動かす必要がある。そのためには働いてもらう〇歳までの労働世代にはコロナへの感染リスクを背負ってもらう必要がある。ただし、その年代は重症化する確率は低いし、仮に重症化しても人工呼吸器をつけられれば助かる可能性が極めて高い。なので人工呼吸器は〇歳以下にしか使用しないとする。それ以上の年齢の人は重症化しても人工呼吸器は使用しないので△週間は徹底的に自粛してほしい。食料含めた生活必需品は国から支給する。これがトータルの被害を最小限にとどめる方法と考えられる。」

このような発言をテレビなどで聞いたことありますか?

本来的にはこのようなことが必要です。

もちろん言い方はこれではダメかもしれませんし、確定的な事を言うのが難しいこともわかります。

そして決断したことが後々ベストでなく修正する必要があることもあるかと思います。 それはある程度は仕方のないことです。

日本人の0リスク信仰

Lawyer thinking in the law library at the university

日本人は非常に0リスク信仰が強いですが、コロナウィルスなどの事態だけでなく、医療現場なども含めてリスクが0なんてことは絶対にありません。

リスクを背負ってそしてそのリスクを最小にするために様々なデータや検証が行われたりするのです。

コロナと戦うことばかりを言って、他のリスクには言及せず、人気を得たり自分に酔っているエセポピュリストが多すぎます。

そしてそれを指示する無知な国民も多すぎます。

まさに思考停止。

このような事態においては偽善や理想論は害でしかありません。

どれだけシビアに現実を見て、被害を最小にするための犠牲を選定するかが必要なのです。

エセポピュリストたちの偽善に乗せられていては、結果としてトータルの被害は大きくなっていくだけです。 思考停止にならずに、自分の頭で考えてください。